2021年3月3日
東シナ海の夕焼け

エバー航空 ビジネスクラス 台北—那覇

台湾と日本の繋がり

2011年に東日本大震災が発生したとき、台湾からは230億円もの義援金が寄せられたが、このうちの多くが元日本人である台湾人、つまり本省人によるものだ。エバー航空の会長は、個人で10億円を寄付した。彼は昨年亡くなった。終戦時に12歳から18歳だった人たちは現在84~90歳。すでに企業の一線を退いている。

台湾からは毎年420万人、国民の2割相当が日本を訪れているが、日本からは190万人と半数も台湾に訪れていない。日本の地方政府は台湾に来て、ぜひ私たちの地方にも訪れてくださいと、税金を投じて誘致に来るが、彼らが地元の人たちを台湾に行くように勧めることは絶対にしない。

台湾からの地方便は台湾人ばかりで日本人が乗らないから、コストが合わずに撤退していく。地方政府はこのことをまったく理解していない。廃止しないでくれと陳情に来るだけだ。これだけ台湾から日本に人が訪れているのに、まだ来いというのか。どれだけ欲張りなんだ。自分たちのことばかり考えて、日本人は自分本位すぎる、と台湾人は日本人を嫌いになりつつあるという。確かに香港航空でもエバー航空でも、乗ってみれば日本人客は少ない、と言うかほとんどいない。地元客ばかりだ。

台北市中心部に現存する日本家屋
台北市中心部に現存する日本家屋

台湾の人々は言う。親日、親日と簡単に言うが、台湾において、そのベースはアニメやクールジャパンなどと言った浅いものではないのだ。深い絆と歴史が日台間にあることを日本人は知らなすぎる。もっと知ってほしい。そして、かつての日本人が台湾各地に残した痕跡を見に来て欲しいというものだった。八田ダムや豊田村が有名だが、台北市そのものが日本陸軍による都市設計の賜物だと言う。台北市中心部に日本家屋を見つけた。かなり古いが、まだ人が住んでいるようだ。このように台北には日本統治時代の名残があちこちに残っており、今でも大切にされているのだと実感する。

チェックイン

台北駅のチェックインカウンター
台北駅のチェックインカウンター

台北には2つの空港がある。松山機場と桃園機場だ。東京で言えば、羽田空港と成田空港みたいなものである。昔は台北市街までリムジンバスしか走っていなかったが、今は空港快速が走っている。台北駅でチェックインして、荷物を預けることができるのだ。東京で言えば、日暮里でチェックインし、荷物を預けてスカイライナーに乗るようなものだ。香港でも空港特急なら香港駅でチェックインして、荷物を預けることができる。電車には手ぶらで乗れるのでとても便利だ。日本ではなぜ同じようなサービスが実現しないのだろうか。

荷物モニター
荷物モニター

預けた荷物が検査場を通るところをモニターでチェックする。自分の荷物が無事に通過したことを確かめたら、改札を通って、エスカレーターで地下に降りる。そして電車で空港に向かう。とても便利だ。

搭乗手続き

空港の手続きもスムーズに…と言いたいところだが、日本人客には注意が必要だ。刃物の機内持ち込みの基準が、台湾ではとても厳しいのだ。日本ならば、刃渡り5cm以下のハサミなら持ち込み可能だ。爪切りや化粧用なども同様だが、台湾ではハサミ類は一切持ち込めない。納得いかず、刃先が短ければ、日本や香港でも大丈夫なのに、なぜダメなんだと北京語で抗議したが、ここは台湾だと言われて、相手にされなかった。

台湾桃園空港

ハサミを没収されたのは痛かったが、仕方ない。それ以外はスムーズに進み、搭乗する機体へと向かった。帰りの機内は行きのようにサンリオサンリオしておらず、シックな落ち着いた内装だ。この方が落ち着く(笑)

エバー航空 ビジネスクラス 機内

フライト

台北から那覇までは1時間少々。那覇から福岡までと変わらない。ちなみに那覇からは香港も東京も同じ距離だ。離陸すると、すぐに台北市街が見える。

空撮 台北市街
左上が台北市街。

飛行機は先島諸島を通って、沖縄本島に向かう。着陸手前で見えた夕景がとても美しい。夕闇につつまれた那覇空港に機体は静かに着陸した。エバー航空の旅は思いのほか快適だった。リーズナブルな金額で、快適なビジネスクラスの旅ができるエバー航空を、今後も使うことになるだろう。昔、よく乗っていた中華航空とは大違いだ。

東シナ海の夕焼け

こうして、久しぶりの台湾への旅は終わった。今度はいつになるだろう。昔から妻は台北で小籠包を食べたいと言っているのだが、まだ子供が小さいので、家族で行けるのはまだまだ先のことだろうから、縁があれば、それほど遠くない将来に、仕事で行くことになるだろう。

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