レバー入り炭焼親子丼
グルメ

東京駅八重洲口 新橋 鳥繁 どんぶり子

親子丼が食べたくなるとき

丼物といえば代表格はカツ丼だ。続くのが天丼に海鮮丼である。だが、カツ丼を食べなくなって久しい。若い頃はアホみたいに食べていた。中学生の頃から叔父の蕎麦屋でバイトをしていたので、カツ丼は身近な食べ物でもあったのだ。トンカツ大好きなのは今でも変わらないのだが、カツ丼は遠い青春のようにすっかりご無沙汰している。今後、変わることはないだろう、我が青春の豚カツ丼。

他にも牛丼、豚丼、開花丼(他人丼とも呼ぶ)や鮮魚系だとウニ丼、いくら丼、イカホヤ丼、鉄火丼、ネギトロ丼などなどバリエーションが一気に広がる。だが、昔から身近にあったのは親子丼だ。

柔らかく煮えたもも肉、玉ねぎではなく長ネギを作って、砂糖を加えた甘口の蕎麦つゆで煮る。火が通ったら弱火にして溶き卵を回しかけ、蓋をして火を止める。余熱でじっくりトロトロ玉子に仕上げたのちに、三つ葉をのせて再び蓋をする。この間に熱々のご飯をどんぶりによそい、できたての玉子とじをご飯にのせ、刻み海苔と三つ葉をトッピング。

ああ、食べたい。

新橋 鳥繁 どんぶり子

以前から親子丼が食べたくなっていた。先日、羽田空港の卵専門店で食べようとしたのだが、あいにく満席であった。本日はこれから仙台へ移動だ。新幹線に乗るために東京駅に来た。駅弁は食べたくないので、ランチを食べるしかない。

東京グルメランなる飲食店街を歩いたところ、どんぶり専門店を見つけてしまった。焼き鳥屋さんの親子丼と書かれている。

看板

うーむ。

肉屋のコロッケが美味いのは理由がある。加工時に出た高級な肉の切れ端が混ざったミンチを使えば美味なるは自明。商品に自信がある肉屋はコロッケやメンチカツを出すだろう。

似て非なるは「魚屋の寿司」。鮨職人を舐めたらあかんで!捌くのはプロだろうが、握るのは別だ。似たようなものに自家製蕎麦を使った蕎麦屋がある。蕎麦職人としては優れていても、蕎麦の栽培は別物だ。農家なめんな。結果的にいずれも大して旨くない。

メニュー

では焼き鳥はどうなのだろうか。確かめるしかない、体験するしかない。何事も経験だ。

なんとなくレバー入り親子丼をオーダーした。新鮮レバ入りの文言にこころひかれてしまったのだ。野菜はどうしようか。サラダはなんか違う。ぬか漬けは500円。うーむ、これで美味しくなかったら悲惨だ。やめておこう。

サイドメニュー

レバー入り親子丼

まずは胡椒の香りが立つ、鶏出汁の効いた滋養深いスープ。ああ、じんわりと胃にしみていく。ネギの香りと食感もいいアクセントだ。薬味なしでは味気ないというもの。

レバー入り親子丼

親子丼は卵トロトロ。鶏肉からは炭の香り、軽く炙ってからとじているのだろうか。鳥の旨味と一緒にねっとりとした食感が舌に絡む。レバーだ。親子丼にレバー、作るのは簡単だが、思いつきもしなかった組み合わせである。死んだ父が若い頃に試したハムカツ玉子とじ丼とは比較にならないだろう。味付けも薄味のタレで素材の味を殺さない。卵の甘みと漬物の塩味のバランスもいい。ご飯も一粒一粒が立っていて、べっとりしていない。親子丼のすべてを受けとめて身にまとい、噛みしめるたびに味わいを放出しながら消えていく。

レバー入り親子丼

ああ、なんと儚い一夏の夢であろうか。

「炭焼きモモ肉の親子丼ください。」

隣に座った客の声に、私は現実に引き戻された。

なんだと?

改めててメニューを見る。たしかに炭焼きと書いてある。そうか、だから炭の香りがしたわけだ。レバーは焼かずに調理している。柔らかいモモ肉とねっとりしたレバーの取り合わせも新鮮である。なんとなく頼んだだけだが、我レ直感、的中セリ。

レバー入り親子丼

これに調味料を加える。選択肢は七味か山椒。もちろん、大好きな山椒をかける。おお!これはミルではないか。挽きたての力強い香りを楽しむことができるとは、なかなか粋な計らいだ。さらに三つ葉の香りも加わって、口の中で豊潤なハーモニーを奏でる親子丼、これはハシが止まらないぞよ。アクセントは薄味のおしんこ。一口食べ終えたら、濃厚なスープで口をさっぱりさせてリセットなのだ。

親子丼、おしんこ、スープの魅惑のトライアングルに捕らえられた私は、何も考えずに、ただただ本能に従って、いや、何かに取り憑かれたのかもしれない。ひたすら喰らい続けるのみである。

だが、食事とは有限なのが世の常だ。消費すれば消え去るのが普遍的真理だ。いわゆる等価交換である。最近は千円で47枚…ではなくて、鋼の錬金術士…でもなくて、どんぶりの中身が私の胃の中に移動すれば、食器が空になる。まさにアインシュタインが唱えた特殊相対性理論におけるエネルギー保存の法則そのものなのだ。

レバー入り親子丼

すべてが胃に収まり、黄色と緑の色あざやかな親子丼はおしんことスープ共々、胃壁から分泌された胃酸の海の中で消化されつつ、十二指腸を経由して腸へと送り込まれようとしているのだ。そういえば、一月半ほど続いた胃の違和感がなくなっていることに気づく。なんだったのだろうか。ガスターもずいぶん飲んでいない。治ったのだから、いいことである。

親子丼を食べたいという気持ちはすでに消えていた。心の中に巣食っていた煩悩が浄化されて消滅したのだ。空腹ではなくなったのだ。胃腸が満ち足り、満腹中枢が働き出せば眠くなるのは、人間が進化の過程で獲得したホメオスタシスである。さて、新幹線で仙台まで一眠りしよう。