味噌ラーメン

北海道札幌市 狸小路 ラーメン 喜来登(きらいと)

ホテル至近のラーメン店

狸小路のホテルに宿泊している。今日の予定は夕方からの会議のみ。その後、札幌の夜が長いのは想定済みだ。ランチはどこで食べようか。ホテルから離れたくない。選択肢はそれほどない。

ホテル近くでラーメンを食べるしかないのか。ホテルを出て、店の前をうろうろと、入ろうかどうか逡巡している私の前を歩く若者二人が、店を一瞥して呟いた。

「ネギ山盛りのラーメン。」

やはりそうなのか。ネットにも同じ情報が載っていた。時間がもったいない、ランチはここにしよう。意を決して店に入る。ドアを開けると店内で男性が一人、席が空くのを待っていた。お母さんがネギ山盛りのどんぶりを持って歩いている。これか。

店内にびっしりのサインの罠

壁はサインで埋め尽くされている。カウンター席に案内される。もとは明らかに寿司店だったものを居抜きで借りたような作りだ。

メニューは味しか聞かれない。

「味を決めてください。味噌、醤油、塩です。」

迷わず味噌。この店はメニューがないのだろうか。戸惑う私をよそに、隣の客が言った。

「野菜増し。」

そんなこともできるのか。あ、手元にメニューがあった。シンプルだ。

目の前のサインをよく見てみると、同じ人のものが何枚もある。目の前には藤井フミヤのサインが七枚くらいあった。よほどよく来るのだろう。

入口付近、雑誌がおかれているあたりのサインを見て「ぬちぐすい」の文字を見つけた。沖縄で「命水」、つまり酒のことだ。他にも意味があるのだが、それは置いといて、誰のサインだろう。眺めているうちにラーメンが運ばれてきた。

次郎インスパイア系?味噌ラーメン

「味噌ラーメンどうぞ。」

声に反応して、どんぶりが置けるようにとスウェイしたものの、隣の客のラーメンであった。ちっ、まだかよと思ったのもつかの間、10秒後には私のラーメンが運ばれてきた。

すごい迫力だ。まさにネギ山。ラーメン次郎をネギだけにしたようなインパクト。ネギ好きの私にはたまらない。まずはスープを一口。意外にあっさり。いや、騙されないぞ。すでに調査済みだ。どんぶりの底に味噌だれが溜まっているという情報があった。箸で底をかき回してみる。もう一口。スープに色が付いたような、味もコクが出たような気がする。

麺はもっちりぷりぷりの太めの縮れ麺。これだけ野菜があると、麺だけ食べるのは難しい。チャーシューはない。ひき肉を炒める、昔ながらのスタイルだ。ラーメン一杯ごとに鍋を振る、これが正統派の味噌ラーメンなのだ。

ネギ山を崩しながら、麺にたどり着いて食べる人が主流派だろう。私は違う。底に沈む麺を無理やり表に引き出して、灯りの下にさらす。豪快に野菜と和える。そう、カオスだ。奥底に眠っていたニンニクが姿を見せた。お前はこんな野菜で着飾ったようなやつなのか。違うだろう?本来の姿を、眠っている己自身を呼び覚ますのだ。

野菜はスープの熱で細胞壁を破壊され、まさに自我境界線が崩壊して形を保てなくなる。あれだけ立体的だったラーメンがスープに沈み、混沌(カオス)と化す。こいつを喰らう。シャキシャキのネギともやしの食感までは死んでいない。かろうじてATフィールドが残っていたか。食感だけはサルベージ可能であったのか。一口目よりもコクが、風味が、味わいが深みを増している。麺にもスープがよく絡む。

美味い。

食事途中で気分転換

しかし、野菜と味噌の甘味で味が少しだれてきた。これは良くない傾向だ、マンネリは信頼関係を破壊する一大要素である。

そうだ。
今だ。
トンガラシの出番だぞ、一味だ!

眼前の容器をどんぶりの上に振り上げ、赤い粉末をスープの上に散布する。おお!これぞサードインパクト後の海ではないか。ついにATフィールドがなくなり、すべてが一体化したのだ。ラーメン補完計画が実現したのだ。よく混ぜて、箸では区別してつかめなくなった麺と野菜を食べる。

美味い。

辛みが味を引き締めるだけでなく、味わいを広げ、カオスを調和へと昇華させる。ほんのりと後を引く刺激も食欲を増幅させる。ラストスパートだ。

気が付けば麺は喪失していた。残るは野菜のみ。あえて言おう、これは野菜入りラーメンではない。麺入りみそ野菜スープであると。野菜増しはヘルシーであると。そして、味の決め手はひき肉からにじみ出る肉エキスなのであると。野菜だけでも十分にうまいのだ。

完食。スープをだいぶ残してしまったが、仕方がない。こういうラーメンなのだ。スープはあくまでも、麺と野菜を生かすための溶媒なのである。エヴァでいうところのLCL、そのものなのだ。

会計を済ませて外に出た。土産物屋の前で中国人の人だかりができていた。爆買いがなくなったとはいえ、まだまだインバウンドの威力は否定できない。激安の店、安く済ます生活の知恵がもてはやされた平成もまもなく終焉を迎える。日本人の内需、つまり購買力はいつになったら戻るのだろうか。

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