岐阜県高山市 中華そば専門店 宮川伊吹

高山でラーメンを食べる

気が付けば時計は十三時半。腹が減った。ホテルから徒歩三分以内で食事を済まそう。昨晩、食べ損ねた高山ラーメンが無性に食べたかった。ホテルのすぐ近くに美味そうな店を見つけたので、行ってみようと決めていた。まさに今がチャンス。少し楽にはなったが、財布とカメラを持ち、名刺入れは不要だろう、誰とも会うわけないしなと、まだ重い頭と体を引きずってホテルを出た。

一分ほど歩いたところで、持ち帰りのやきとり屋からポップな服装をまとった男性が出てきた。

「すいません、国分寺はどこですか?」

彼が声をかけて来た。振り返ってまじまじと見れば、首から登録証を下げている。ああ、ブロック大会に来たんだな。

「すいません、私もブロック大会に来たので、よく分からないんですよ。」

そう答えた直後にふと思い出した。昨晩、国分寺を見かけた。こんなところにと、印象的だったのだ。

「思い出しました。そこを右に曲がれば国分寺に着きますよ。」

礼を言いながら、彼が名刺を差し出してきた。うう、まさか名刺が必要になるとは、いつもなら財布に一枚入れている名刺も、ホテルのフロントに取られたままだった。情けない、一方的に名刺をいただき、私は名前だけ告げて分かれた。三重県の伊勢から来たという。ああ、伊勢といえば、スキンヘッドのはんこ屋にセクハラ不動産屋ですね。私と同い歳の地ビール屋の社長もいたっけな。

すぐに店に到着。うん、いい感じだ。

メニュー

メニューもシンプルだ。迷う必要がない。中華そば並に半熟味付けたまごをセレクト。ご飯はやめておこう。ドアを開けて店に入る。二時前なので客は一組しかいない。注文を告げると、壁に書いてある説明を読んでみた。お冷のコップを飲む。なるほど。

《お召し上がりの前後に口をさっぱりとさせる為、紅茶をお出ししています。お水も御座いますのでご希望のお客様はお気軽にお申し付けください。》

うん、ストレート薄めの紅茶がいい感じだ。沖縄の通堂(とんどう)も紅茶を出していたと思った。ルイボス茶を出す店もあった気がする。

ラーメンが出てくるのを待っていると、二人の欧米系の外国人客が入ってきた。先にいた客も中国人のようだ。高山は観光客が本当に多い。交通のアクセスもいいとは言えない、この小さなエリアに世界中から人々が訪れるのだ。町のGDPに占める観光業の割合は相当なものだろう。

中華そば(並)半熟味付けたまご

ラーメンが運ばれてきた。煮玉子がてかてかと光る。魚介系の芳しい香りが鼻孔をくすぐる。うーん、旨そうだ。割り箸を取る。口にくわえる。ん?いつもの箸と何か違う。

《飛騨の杉を使用した割り箸をお使いいただいています。お召し上がりの際に杉の香りも合わせてお楽しみください。》

うん、木の割りばしとは異なる香りだ。木くずのような臭いがしない。卓上には蓮華もあるのだが、香りに釣られて、ついついどんぶりに直接口をつけてしまった。スープを飲む。

ああ。

優しい味の醤油スープが胃にしみる。これだけで飲めてしまう。ホテルの朝食で食べたラーメンのスープとは大違い。シャキシャキのネギがいいアクセントだ。たった数口で、食感と滋養の双方を満たしてくれる。

《スープをお作りする際に出来た、白濁した層の部分をそばのスープに加える事で、通常の中華そばとは全く異なる、魚介香る新たな中華そばをご提案しています。伝統的な中華そばとは異なりますが、味わいなどもこれまでにない中華そばとなっておりますので、ぜひお試しください。》

なるほど。それでこんなにも魚介系の匂いが立っているのだな。うん、これはいいよ。毎日でも食べられそうな味だ。麺は細めの縮れ麺、ではなくストレートだ。コシがあり伸びもある、舌触りもざらざらしていない。スープがよく絡んで美味い。

かえし

隣のテーブルに座るフランス人が、店主に塩を持って来いと言っている。そんなに味が薄いだろうか。テーブルに置いてある調味料は胡椒と醤油くらいだ。いや、これはチャーシューご飯のタレかもしれぬ。

《テーブルには中華そばの”かえし”にさらに削り節等のうまみを凝縮したタレを置いております。濃い味をお好みのお客様はお試しくださいませ。》

なるほど、かえしか。なのに塩を持ていということは、これ以上の魚臭さを避けたいということなのか。ふむ、さすがおフレンチの国の人間だ。

メンマ

メンマはタケノコだ。シナチクにこだわるラーメン店もあるのだが、基本的に中国のメンマからは外れない。それがどうだ。これは美味しい土佐煮を食べているかのようだ。きちんと食感の残るタケノコのスライス。この辺りでタケノコといえば根曲竹。長細い奴だ。北海道でも同じものが取れる。前回、ラ・メディではこいつのピクルスに驚かされた。まさかラーメンでこう来るとは。目からうろこだ。

とにかくスープが美味い。胡椒をかけようかとも思ったが、このままがいい。一枚の大きなチャーシューは柔らかく、豚肉本来の味をしっかりと味わうことができる。煮卵は黄身が大きい。プルプルの絶妙な茹で加減に、薄く味付けされた、自己主張が控えめの味だ。それがスープ、麺、チャーシューのいずれとも調和を保っている。

《お子様からご年配のお客様までお楽しみいただける様、昔懐かしい味わいを目指しつつも、時代に合わせた新たな調理手法や素材を採用し、いっぱいいっぱい丁寧にお造りしています。どうぞご賞味ください。》

フランス人がライスを追加注文している。欧米人でもラーメンライスを食べるのか。さすが世界三大料理のフレンチを擁する国の人間だけあるな。

スープを飲み干して完食だ。美味かった。久しぶりに素朴な味のラーメンを食べた。なのに懐かしさはない、懐古的な醤油ラーメンの独特の香りがしない。新しいラーメンだ。素晴らしい。量的にはおやつでも行けそうな気がする。それで並と大があるわけだ。

いつかぜひとも家族で食べに来たい。妻はもちろん、ちゅるちゅる大好きなけいたまも気に入るはずだ。

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