白切鶏

台北市 大橋頭駅 榕樹下阿錦海產店 ビールと日本酒

昼のみできる店を探せ!

視察事業で台湾に来た初日である。ランチを済ませ、ホテルのロビーでチェックイン時間の到来を一人で待っていたところ、二人の男性から声をかけられた。

「台湾にはよく来てますか?」

声をかけて来たのは、この視察事業に参加しているメンバーたちだ。顔見知りだが、特に親しいわけではない。じっくりと一緒に飲んだこともない。参加者にはもっと仲のいい人間がいるだろう、私に声をかけるとはよほど暇なのだろうか。19時までは特に用事も予定もない。状況は彼らも同じで、時間を持て余していたのだ。それで私に台北で昼呑みができる場所はないかと尋ねてきたのであった。

1990年代後半、仕事で毎月のように台北に来ていた。だが、何十回も台北を訪れても打合せばかりなので、知っているのは夜の飲み屋ばかりだ。正直、林森北路以外はあまり行ったことがない。分からない。旅行といえば、前妻と台湾に来たことがある。まだ新幹線の開通前の台南と高雄にも行った。当時、中国大陸の人間が台湾に入るのはかなりの困難を極めた。手続きのためにかなりの金を払った。

だが、台北で昼呑みと言う話を聞いたことがない。沖縄や国内の観光地であれば知っているのだが、台北にそんな場所があるのだろうか。何人かでスマホ検索してみるが、やはり見つからない。ホテルの近くにビール工場があるくらいだ。他の店はすべて16時半からの営業となっている。

とにかくチェックインして部屋に入る。スマホがダメなら、パソコンでネット検索すればいい。キーワードはこうだ

「台北で昼呑みがしたい」

こんなんで検索できるわけが…なんと、見つかった。台北市の西側にある公園の近く、とある寺の境内に屋台がたくさん並んでいる。ここは朝9時から飲むことができると書いてある。

ビンゴ。

ホテルから地下鉄に乗っても15分程度。タクシーなら10分ほどで着くだろう。台北で昼呑み。こんなおいしい話、放っておくはずがない。もう何十回と訪れたにも関わらず初体験だ。早速、タクシーで現地に向かった。目的地は迪化街の近くにある滋聖宮である。保安街でタクシーを降りる。このすぐ近くにスターバックスがあるとは思えない光景が広がる。

甘州街

大稲埕慈聖宮天上聖母

大きな交差点から路地を入り、赤レンガの壁の作掘っ立て小屋のような建物が並ぶ場所は歩く。ここはスラム街ではないだろうか。少し不安になる。だが掘っ立て小屋なのに、室外機が置いてある。空調が効いているのか。何たるミスマッチ。そんなことを考えながら、さらに細い小路に入る。

ほんとにここで合ってるのだろうか。だがGoogle マップは間違いなくその場所を指していた。遅い子上抜けると右手にテーブルと椅子が並んでいた。そこでビールを飲んでいる客がいた。ここか。

突き当たりの路地を右で見ると屋台のような店が数多く並んでいた。間違いない、ここだ。ネットの記事によれば、この屋台は酒を出す店と出さない店があると言う。飲酒可の店を見極めて料理をオーダーするのが肝心だと言うことだった。

しかし、なんだこれは。

寺の境内らしき場所に入ると、確かにそこにテーブルと椅子が並んでいたが、明らかに片付けに入っていた。

どういうことだ。

改めて屋台を見ると、半分の店はすでに車たどり着いた。まさに閉店ガラガラである。これでは先を出す出せない以前に飯が食えるか食えないかの話になってしまう。

一番確実な事は、今現在、この場所で酒を飲んでいる客がいる。もしくは店が客を招き入れる意思がある店を探すことだ。すぐに閉店だと言うのに、いらっしゃいませと言う店は、いくらなんでもそんな非合理的なことを中国人がするとは思えない。

最初に見かけた店に戻る。まだ開いていた。この店で良いかと尋ねると皆、OKした。

榕樹下阿錦海產店

店名を訳すと、ガジュマルの下の錦ちゃん海鮮店、となる。「阿~」は「~ちゃん」の意味だが、私にはあまり馴染みがない。南の表現だからである。北京など北の方では「小~」や名前を繰り返すのが通例だからだ。パンダの名前のように「香香 (シャンシャン)」がいい例である。訳せば「香ちゃん」である。これが中国南部や台湾では「阿香」となるのだろう。

さて何を食べようか。店頭を眺めてみる。

オーソドックスなものは、鶏肉である。目の前に調理された鳥が置いてある。これを食べよう。この鶏肉をくれと指を指して告げる。続いて野菜だ。これも空心菜炒めがあると言う。それをオーダーする。ここは海鮮の店のようだ。ならば海の幸を食べないわけにはいかない。

お勧めの海鮮は何か、尋ねてみる。海うなぎがいいと言う。海鰻、私は知っている。その中国語は海にいる細長い生物を全て指している言葉である。なんだろうか。一般的には鱧のことを指す。だが、この季節にそれはないだろう。オススメなのだから、出されたものを食べてみればおそらく何だかわかるだろう。そして野菜。以上、3つほど料理を頼むと、われわれはテーブルに案内された。もちろん台湾ビールだ。二本ほど頼んで3人で乾杯する。

炒青菜

中国の代表的な野菜炒めだ。季節の野菜は菜の花の仲間、菜心(サイシン)である。ニンニクの効いた塩味。強力な火力で野菜の甘みと旨味をぐいっと引き出す。

白切鶏

定番の鳥肉料理だ。あっさりとしながらも、しっかりとした鶏肉の味わいを感じられる、まさに中華料理の代表格、日本で食べるよりもアジアの匂いを感じるのは、この環境のせいだろうか。日本のビールとは真逆な味わいのビール、クアーズかバドワイザーをもっと軽くしたような飲み心地、これが台湾ビールだ。大量にビールを飲むのが苦手な私でも、台湾ビールならば何杯でも飲むことができる。

ここには観光客もいない、日本人もいない、もちろん日本語も英語も通じない。通じるのは中国語だけだ。私の片言の会話でも何とかなった。隣のいい感じに出来上がっている、台湾人の客たちが我々に声をかけてくる。乾杯。酒を飲む。全部飲まなくても良いと言ってくる。相手の一人が私に質問した。

「あなたは台湾語ができるのか。」
「いや、台湾語は私は全くわからない。」
「じゃぁ、北京語だけか。」

そう、私は標準語しかしゃべれない。でも、まったく言葉が通じないよりはいいだろう。ここ中華民国でも、公用語は一応、北京語である。普通話である。

海鰻

続いて海ウナギのから揚げが出てきた。確かに細長い生物だ。それをぶつ切りにして、味付けして、唐揚げにしたものだ。食べてみる。全く臭みのない、少々魚らしくない味のする、真っ白な身である。だが皮と身の間が真っ赤である。皮が赤いのか。いや違うだろう、考えてみれば表の看板に「紅焼」と書いてあった。これは中国語で醤油味のことだ。日本と違い、中国の醤油は赤いので、調理すれば紅に染まるのは必然なのである。

中国語で「海鰻」とは中国語で鱧(はも)を指すようだが、海中の細長い魚をすべて「海鰻」と読んでいる気もする。穴子も海鰻だ。しかし、おそらく、こいつはウツボだ。日本でも食べる地域がある。高知や和歌山などカツオの漁業基地なるところはウツボを食べる。過去に何度か食した経験もある。そして、ウツボもまた中国語では「海鰻」なのである。

台湾で飲む日本酒

気がつけば3人で10本のビールを開けていた。さすがに飽きてきた。もう仕事は終わりだからと、客と一緒に飲んでいる女将さんに、ビール以外の酒は無いかと尋ねる。バドワイザーならあると言う。どうも私の中国語が悪かったようだ。ビール以外の酒は無いかと、もう一度別の表現で聞いてみる。客が気づいたらしい、ビールじゃないやつだね。そういって持ってきたのは、まさかの日本酒である。

日本酒?

なぜ、台湾で日本から来たばかりの日本人が日本酒を飲まなければならないのだ。不思議に思いながら出されたボトルのラベルを見る。中国語である。きっと輸出仕様なのだろう。そう思いながら瓶を回し、裏のラベルを読む。

え?

清酒 玉泉、なんと台湾産の米で仕込んだ、台湾で製造された日本酒である。海外で作られた酒は日本酒と呼んでいいのだろうか。その昔、前妻と台湾を訪れたときのこと、ホテルでエッチなビデオプログラムを見たときに「邦人」と表記されていたが、日本人を指すのか、台湾人を指すのか、悩んだことを思い出す。台湾はいつも私を混乱させる。

「これ飲んでみなよ。」

話の種にでもと思って口に含んだその酒は、軽く、すっきりとしていて、なかなかいける。日本で黙って出せば、これが台湾で作られた酒とわかる人は、おそらくほとんどいないと思う。それほど完成度が高い。今ではカラバンなどをウイスキーも製造し、なんと米から作ったウイスキーすらある国である。

恐るべし。

コップに注がれた酒がすいすいと入っていく。まずい、このままでは午後7時からの懇親会の前に出来上がってしまう。だが酒が止まらない、隣の客とさらに盛り上がる。片言の私でもわかるような会話で通訳を務める。

気がつけば午後5時半だ。そろそろ通勤ラッシュが始まる。ホテルに戻ることにしよう。会計を済ますと、我々は場を離れた。同行した二人は、思いがけず地元住民との生の交流ができたことに満足そうだ。そう、旅は道連れ、本当の台湾の魅力は、外国人も観光客もいないところで、酒を酌み交わさなければ分からないものだ。この後の予定がなければ、きっと閉店まで飲んだくれてただろう。

今度はなにも予定がないときに、ふらっと訪れてみたい。

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