順香(しゅんしゃん)飯店
体調が良くない。体温は37.4度。微熱の方がつらい。おまけに眠気がひどい。身体に負荷がかかっているために、休養を欲している証拠だ。だが出張先で目的を果たさずに帰るわけにもいかない。体調が悪いところを見せれば周りが心配する。なるべくみんなと離れているようにしよう。なんとか午前の部の仕事を終えると、私は周りに声をかけてそそくさとその場を立ち去った。ランチを済ませたら、午後の部が始まるギリギリまで部屋で休みたかったのだ。
近くで店を探す。ご飯が食べたいのに、開いている店は蕎麦屋にラーメン屋。今の私に必要なのは麺ではない、定食だ。時計台ビルの地下に降りてみる。ほとんどの店が閉まっている。土曜日は休みなのか。中華料理の店が開いている。
困った時は中華だ。ここにしよう。店に入る。客のいない店内には中国語が飛び交う。BGMも中国語だ。個人的には落ち着く環境だ。
さて、何を食べようか。
定食は五種類。麻婆豆腐はきついかな。黒酢鶏肉、鎮江の黒酢の酢鳥。鎮江香醋で作った酢鳥だろう。黄色いラベルの中国では一番メジャーな黒酢である。日本でも買える。我が家にもある。エビチリはパス。北方ってどこ?北京?遼寧?吉林?黒龍江?もう、牛肉炒めでいいや。
黒椒牛柳炒
サラダの野菜はシャキシャキだ。さっぱりした中華ドレッシングが美味い。
皿から匂い立つ香りがいい。しめじ、エリンギ、キクラゲに、青梗菜、玉ねぎ、ピーマンに牛肉。胡椒がきいている。中華料理の醍醐味の一つは炒めものだ。超強火にかけた中華鍋に油を引き、材料に一気に火を通すことで、素材の味を極限まで引き出し、調味料を纏わせることで味をまとめる。刺激のあるスパイスでアクセントをつけるのもアリだ。この料理のように黒胡椒もある。花山椒で痺れを加えるのもある。
なのに、なんだろう、この違和感は。牛柳とは牛ヒレ肉、つまりテンダーロインを指す。しかし、この肉は明らかにヒレ肉ではない。味も塩っ気が強いのか、いや、塩が立ちすぎている。ワザとなのか、意図せずなのか。ああ、きっとこの、ものすごく薄味のスープを飲めばバランスが取れるのだろう。
スープを飲む。
そんなことはなかった。
ザーサイも少し変わっている。塩が効きすぎ、コクがイマイチ、食感もなんだか。切り落としのようなザーサイだ。体調が悪いせいで味覚がおかしくなっているのだろうか。あとで確認したところ、料理の写真もほとんど手ブレしていて使い物にならない。
早くホテルに戻って休もう。
数年前に五十路となったバツイチ男性。昨日は沖縄、今日は北海道、明日は四国…出張三昧の日々、三年間で制覇した店は千店舗を超えた。日本全国及び海外での食事を記録したブログである。五十路とは本来「五十歳」を意味するが、現代社会では「50代」と誤った認識が定着している。それにあやかりブログのタイトルを名付けた。(詳しく読む…)