大阪お好み焼き 清十郎 豚玉

大阪空港 大阪お好み焼き 清十郎 お好み焼き 豚玉

伊丹空港ランチ

伊丹空港での待ち時間は二時間ほど。ランチを食べることにする。

さて、なにを食べようか。

新装開店して綺麗になった伊丹空港。レストランも以前より増えた。黒門市場のマグロも気になるが、トンカツも食べたい。この二択であろうか。とりあえず、レストラン街に入る。

ん?粉もん?

そうや、ここはオーサカや。粉もんの本場や。トンカツ食っとる場合ちゃうで。脳裏で誰かが囁いた。ホンマやな、粉もんがええな。私は暖簾をくぐった。

大阪お好み焼き 清十郎

店内に入るとテーブル席に案内された。事前に店外でメニューをチェックしておいた。清十郎スペシャルか肉玉か豚玉。どれにしようか。うん、ここは豚玉をセレクト。肉玉と豚玉の違いがイマイチわからない。見た目も値段も違うのに、肉玉が何なのか知らないのだ。保守的な私は二百円高い冒険よりも、安易な現状維持を選んだのだ。

人間は基本的に保守的だ。環境が変わることを良しとしない。特にムラ社会を伝統として維持してきた日本人はその傾向が強い。革新を拒み、改革を邪魔立てする。こうして失われた二十年、平成という時代は、日本が世界中で一人負けを繰り返した負の遺産なのだ。私も所詮は日本人、DNAには逆らえないのだ。

お好み焼き 豚玉

そんな自虐的なことを考えていた私の前に、速攻で豚玉が出てきた。

え?

作り置き?

それくらい早かった。食べてみよう。コテを取り、豚玉を直方体に切り分けて行く。コテにのせて口に運ぶ。生地はふんわりと柔らかい。熱々だ。キャベツの自然な甘みに、ソースの甘み、鰹節の香りが混じり合う。昔、大阪の知人に箸を使うなとバカにされてから、大阪ではコテで食べるようにしている。

しかし、肉の存在感がない。豚玉なのだから、味わいがなければおかしいだろう。見た目にも表面なカリカリの豚肉があるのが見て取れる。バラ肉だ。脂の旨味はどこに消えた。しかし味がしない。見えるのに味がしない。幻覚か、もしや私が見ているのはかつての豚肉の残像なのか。

肉だけを食べてみる。味が薄い。冷凍なのか、あっさりさせるのにゆで豚でも載せたのか、はたまた極薄なだけなのか。とにかくケーキのようなお好み焼きだ。舌触りは滑らか、生地の香りもいいのだが、こんなのは大阪ではない。まるで冗談の一つも言えない大阪のねーちゃんのようだ。今さら気づいたのだが、店内のBGMはモダンジャズだ。オシャレだ。

この店はどこを向いているのだ?

ここは大阪空港、コテコテのお好み焼きを求める私が間違っていると言うのか。すでに時代は粉物すらお上品さを求めていると言うのか。間も無く新元号となるときに昭和生まれの意見は顧みられないのだろうか。

分からない。

スタッフのねーちゃん達は昔と変わらず、関西弁で話していた。こってり感もボリューム感も満たされない私がいた。歴史に「もし」はないのだが、それでも考えずにはいられない。もしも肉玉を頼んでいれば、今とは違う私がいたのだろうか。パラレルワールドがあるとしたら、肉玉を頼んだ私はこの後どうなったのだろうか。いや、それこそ、もしもトンカツを食べていれば…

分からない。

分かることはただ一つ、乗継便まではあと一時間以上あるということだ。ラウンジで仕事でもして、時が過ぎるのを待とう。

後半はけいたま踊れたかな。それだけが心配だ。

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