むらさき しめ鯖

帯広駅 むらさき しめ鯖とミョウガとナスの天ぷら

帯広は今日も雨だった

何度目の帯広だろうか。訪れるうちの半分は雨が降っている気がする。今日もまた雨が降る。秋に差し掛かった北海道の水が冷たい。東京はまだ30度近くあると言うのに、こちらは既に15度である。

帯広にはいくつもの小さな店がある。北の屋台に十勝乃長屋。様々な飲食店が数多く位置する帯広市の繁華街、苦労することなく夕食にありつけそうだと思っていた私の考えは甘かった。気に入る店が見つからない。ようやく見つけたのは焼き肉屋であった。今日はそんな気分ではない。昨晩、札幌の居酒屋で食べた食事のリベンジを果たせなければ気が済まない。あんな店がススキノ、狸小路に跋扈していつとは、札幌の飲食店の質も下がったものだ。

しとしとと雨の降る中、屋台村を何度も往復する。散策する。うろつく。さまよう。これ、と言う店が見つからない。疲れでだんだんと心がすさんできた。どこか私の食指が動くような店は無いのか。無いことは無い。しかし、すべてと言っていいほどそれらの店は満席だ。観光客が、地元の住民が賑やかに明るい光の中で食べて飲んで楽しそうではないか。私もあの中に加わりたい、とは思わない。

静かにひとり飲みタイム。

カウンターで誰にも邪魔されず、構われることもなく、孤独を肴に、うまい料理を心の芯まで楽しみたいのだ。もっと若ければ、地元民とワイワイ会話を楽しみながら食事をすることもいとわなかった。五十歳を過ぎてからは、残りが少ない人生を楽しみたい、一人じっくりと食事を楽しみたい、自分の時間を大事にしたい、この時を後悔したくない、そんな思いが日に日に増していくのだ。

ああ、またこの道か。通るのは何度目だろうか。いまだに店が見つからない。いや、知っている店がある。以前、地元の知人に連れていかれた店だ。そうだ、あそこもよかった。おでんの気分ではないがハズレがない、安心して食べれる、あの店に行ってみよう。狭い階段を上り、店を確かめる。ここだ、間違いない。ドアを開ける。

あれ?

なんだかスタッフが変わった気がする。ただし、私は人の顔に関してはまるで自信がない。人の顔を覚えるのが非常に苦手なのだ。軽い相貌認識障害ではないかと思うほどだ。若い頃は大場久美子と早見優の区別がつかなかった。最近も誰かを勘違いして妻に笑われた。そんな事はどうでもいい。大将と目があった。

「すいません、今日はもう食材がなくなってしまったんです。」

なんだと?

これが22時や23時であれば食材がないのも当然であろう。しかし、まだ20時前である。まだまだ客が来る時間である、閉店まではだいぶ時間もある。団体客でも入ったのだろうか。あまりのショックに5秒ほど固まってから私はそっとドアを閉めた。

後日、地元の知人から聞いたところ、元のオーナーは忙しくなって他人に店を任せているそうで、その人があまりやる気が無いんだとこぼしていた。

さて、どうしたものか。

御馳走屋 むらさき

実はもう一見気になる店があった。すぐさまネットで検索したのだが、私の気持ちに水を浴びせるようなコメントが散見され、いまいち気が載らなかったのだ。昨晩のこともあり、若干神経質になっている。けっして店が汚されているわけではない。ディスられてるわけでもない。ただ「創作料理」というのが気がかりであったのだ。

料理は創造物である。創作するのはまったく以て構わない。しかしそれは、一歩間違えると、とんでもない料理を生み出してしまうのだ。料理人の経験、センス、知識、それらがすべて組み合わさることで、誰も見たことがない料理が生み出される。

それが創作料理だ。

中華とフレンチの技法を組み合わせるのもありだろう。だが、これも方向性を間違えれば、メロンの塩辛のせなどと言う、誰が食べるのかわからない逸品となるのである。そんなものは食べたくない。そんなことで貴重な一食を無駄にしたくない。食い物の恨みは恐ろしいのだ。昨晩の恨みを、私はまだ晴らしていない。札幌の敵を帯広で打つ。いや、この調子で私は敵を探し出せるのであろうか。

索敵を始めて30分になる。雨も冷たい。ひもじい。もう、ここでいいよ。階段を上がる。突き当りが入口だ。

ドアを開ける。店内はなかなか広い。カウンター席に通された。

メニュー

メニューは毎日変わるようだ。固定メニューはドリンクのみ。

赤兎馬推しなのか、カウンターにボトルが並ぶ。

BGMはおしゃれなジャズ。まるでバーである。カウンターを背に御座敷もある。あ、ビールこぼした(涙)もう一杯、オーダーする。

お通しはイカ三升漬け、、久しぶりに食べた。イカが新鮮?コリコリして食感良い。ビールに合う。しおからと違い、イカの臭みがまったくない。物足りなさを辛味が補う。たまに食べると旨いな。

しめ鯖

美味い。官能的なうまさだ。生に見えるが食べればわかる。脂ののったサバの味がギュッと詰まった身にワサビをつけて醤油で食べる。ツマも手切りだ。サバの魅力を存分に引き出したのは職人の技だ。昨日のとは明らかに違う。しめ鯖と大葉は相性がいい。ちぎって一緒に食べるとまた違う魅力を味わえる。

厚揚げ

塩、薬味、醤油。まずは塩で食べてみる。脂の甘みに大豆の旨味。自分でも作るのだが、低温であげているのだろうか。ネギと生姜を乗せて醤油で食べる。うん、安心の味。中は絹豆腐だ。塩で食べるのがなぜか旨い。豆腐の味が濃いからだろうか。

椎茸バター焼き

肉厚のプリプリした椎茸の力強い香りにバターと風味と胡椒の刺激。不味いわけがない。酒が進む。ご飯にも合いそうだ。シンプルイズベスト。それを言うなら塩焼きだろうと言う声もあるだろう。それは分かる。酒飲みにはいいだろう。だが、ご飯ならバターペッパーだ。家でも作ってみよう。

ミョウガとナスの天ぷら

塩をつけていただく。サクサクの衣、噛み締めると口の中に広がるミョウガの香り。ああ、いいなあ。北海道でもミョウガが採れるのかと新発見。トロトロのナスも甘い。いずれも夏野菜だ。秋の北海道で収穫してるとは驚きなのだ。塩は岩塩と海水塩を混ぜているようだ。細かいこだわりが素晴らしい。

トイレは安心の温水洗浄便座である。

スタッフ二人で切り盛りしているので会話は難しいが、一人カウンターでのんびりと落ち着いて飲むにはいい店だ。4席しかないカウンターで広々と食事を楽しむ。贅沢だ。しかも、是だけ飲み食いして5671円。安い。満足度が半端ない。飲食店はこうでなければならない。最後まで気持ちよく飲み食いできた。

ぜひともまた訪れたいと思った。

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