上杉 御膳蕎麦

石川県加賀市 加賀温泉 加賀上杉 野菜天ざる蕎麦

気になる蕎麦屋

加賀温泉に来ている。リゾートホテルに宿泊しているが、遊びに来たのではないので、スーツを着ている。昨晩、中華料理店への往復で見かけた、ホテルの前に位置する蕎麦屋がとても気になっていた。ネットで調べると白いそばだと言う。手打ちの更科そばのようだ。

ぜひとも食べたい。

本日のランチはこの店だと決意していたのだ。メニューは事前にウェブサイトで確認済みだ。準備万端である。開店は11時半。11時15分にホテルを出発し、周辺を散策がてらぷらぷらしながら、5分前には店の前に現着し、店が開くのを待てば良いだろうと計画していたのだ、11時頃に突然、大きな雷鳴が聴こえだした。空からは大粒の雨が落ちてきた。土砂降りだ。部屋の窓から店が見える。すでに二人ほど、店の面前に並んでいる人がいた。そうか、やはり人気店なのだな、開店前に行列ができるのは必定か。ならば私も彼らに倣うとしよう。人気店は油断すると、いつの間にか大勢が並んで、次の回転まで待つこともしばしばある。そんな思いはしたくない。今日は時間もない。私はそそくさと部屋を出て、ホテルの傘を借り、店へと向かった。

蕎麦 加賀上杉

店はまだ開店前であった。二人の男女は店の前ではなく、少しずれた隣の駐車場の前に並んでいる。店の前に陣取った私のことなど、微塵も気にしていない。私ならば何を横から割って入ってるんだと、イラっとするであろう。何かおかしい。

ふと店側から道路を見てみると、なんとそこはバス停だった。すぐにバスがやってきて、二人とも乗り込み立ち去っていった。

開店を待つのは待っていたのは私だけだ。雷鳴響く土砂降りの中、開店を待つ一人客。見かねたスタッフが店から出てきて、開店前ですがお座敷へどうぞと案内してくれた。

落ち着いた内装だ。二人がけのテーブル席に座ったが、カウンター席もある。

さて、何を食べようか。メニューを改めて確認する。

ぶっかけではなく、そば猪口で食べたかったので、天ざるしか選択肢はないのだが、海老天が気に入らなかった。地物とは思えないからである。

ニシンも気になったが、やはり天ぷらが食べたい。田舎そばは苦手である。

うーん、おろしそばやとろろそばはシンプル過ぎる。もっとがっつり行きたい。冷やしきつねとは珍しい気がする。冷たい揚げって美味いだろうか。

店内のメニューには野菜天ざるがあるではないか!ウェブよりもメニューが豊富だ。これだ。大盛りにするか悩む。昨日はろくに飯が食えなかった。朝飯も食っていない。二日ぶりのまともな食事だ。そば大盛りくらいバチは当たるまい。

しずかな音楽が流れる店内に少しずつ活気が広がる。開店時間と共に団体客が入ってきた。これからランチタイムだ。この雨では客足が伸びないかもしれぬが、お昼になれば飯を食うのが人間のサガである。窓からは日本庭園を眺めることができる。

香りが匂い立つ蕎麦茶と、控えめの甘さが腹に染みる蕎麦かりんとうで飢えを凌ぐ。美味い。空腹こそが最高の調味料と看破したのは誰であろうか。いずれもお土産で販売しているので買って帰ろう。我が家のお茶のバリエーションが増える。蕎麦茶ならけいたまやゆうたまも飲める。蕎麦は動脈硬化の予防効果があると言う。人間は母より生まれ出でたその瞬間から動脈硬化が始まるのだと医者が話していた。

野菜天ざる蕎麦

私の蕎麦が運ばれてきた。ざるは大盛りのため円形のものになっていた。細く白くキラキラと輝く、細身の更科そば。これこそ私が求めていた蕎麦だ。天ぷらも小粒ながら十分なボリュームがあるように思える。「のちほど蕎麦湯と蕎麦粥をお持ちします。」とスタッフが言った。蕎麦湯は当然として、蕎麦粥とは珍しい。

薬味の白ネギ、わさび、大根もまた美しい。ネギは非常に細く切られている。断面がキラキラと輝く。黄緑色が映えるわさびをなめてみる。おろしたての生だ。爽やかな心地よい香りがする。口の中になめらかに広がっていく自然なわさびの刺激。チューブのものは業務用でも、人工的なあざとさがある。

そばつゆからは鰹の香りが漂う。舐めてみる。それほど辛口ではない。江戸前のそばつゆは非常に辛口で、蕎麦を少しだけつけて食べるスタイルだ。つゆの量も少ない。しかし、地方に行くと辛くもなく甘くもなく、蕎麦でも天ぷらでも、どちらにも合う出汁の効いたかえしが多いように感じる。いずれも私は好みだ。その土地、その店の蕎麦に合うよう、どの料理人も工夫しているのだろう。

女性的な白い細身のたおやかな蕎麦を箸でつまみ上げる。美しい。見た目がきれいな蕎麦は食べてもおいしいと相場が決まっている。そばつゆに軽くつけて口に入れる。コシがある、伸びがある、舌触りがなめらかだ。喉越しm良い。これは丸のみしてしまうな。蕎麦が喉を通り抜けるときのなめらかさが快感なのだ。消化には良くないとわかっていても、この快感会館には抗えない。官能的な美味さだ。

天ぷらは水前寺菜、沖縄ではハンダマーと呼ばれる野菜に舞茸、インゲン、にんじん、なす、ピーマン、かぼちゃ、サツマイモ、ナス。抹茶塩につけて食べるようにスタッフから言われたが、どんなに気をつけて少量しかつけなくてもなぜかかなりしょっぱい。しょっぱく感じてしまう。どの野菜でも変わらない。塩だけをなめても、それほどのしょっぱさは感じない。不思議だ。試しにそばつゆに天ぷらをつけて食べてみた。こちらの方が私にはうまく感じる。それほど辛口ではないつゆと天ぷらの相性が抜群である。

衣は蕎麦屋のように重厚ではなく、かといって天ぷら専門店のベテランがあげる芸術的な軽さでもない。そばの味を邪魔することもなく、かといって蕎麦と一緒に食べて物足りなさを感じるような軽さでもない。この細くて白い更科そばにはこれくらいの衣がちょうどいいのだろう。 天ぷらは衣サクサク。、蕎麦屋のではない、天ぷらやのである。

ほんのり甘い豆はいい箸休めだ。

蕎麦粥は味付けしてあるとのことだ。だし汁にはぬめりがあるのに、蕎麦は粘らない不思議な食感。表面にぬめり張り付いた小さなタピオカの粒が、だし汁の中でひしめき合っているような、不思議な食感である。だが蕎麦にはタピオカのような弾力性は無い。噛めば素直に潰れるやらかさだ。これが蕎麦であることを実感する。

蕎麦湯とお土産

蕎麦湯はポタージュのよう。これはこれで美味い。まったりとした蕎麦湯と蕎麦つゆが融合して、とろみスープのようだ。大根おろしも山葵もすべてを力強い蕎麦の香りが包み込み、個性的な薬味の味わいを和らげて一つに纏め上げ、まさに一品の料理にまで昇華させてしまう。どこぞの店ではお湯にそば粉を入れるのが流行っていると聞いたことがある。開店したてでここまで蕎麦湯が育っているのは驚きだ。そば粉を入れているとは思いたくない。釜の底のほうにたまったそば粉を取り出して使っているのかもしれない。ノリのようなぬめりと食感の蕎麦湯である。

最後は再びそば茶とそばかりんとうで食を締めた。満足じゃ。お土産にそば茶とそばかりんとうを買ったのは言うまでもない。

機会があれば、また訪れたい蕎麦であった。

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