しらいしうなぎ店

熊本県人吉市 うなぎ しらいし

山の幸と言えば

日本は四方を海に囲まれた島国だ。必然的に海の恩恵を受けやすく、食事も海産物が中心である。昆布、海苔、ワカメといった海藻から数多くの魚介類を食すことができる。

加えて山紫水明と呼ばれるほど綺麗な淡水にも恵まれている。国内に水が湧かない土地はほとんどないだろう。水が飲めない地域はどこにもないだろう。水道水は安全で、30年前までは水を買う習慣すらなかった。

今ではミネラルウォーターを買って飲むのが当たり前、もしくは高性能な浄水器を使用している過程も珍しくない。統計的な分析は専門家に任せるとして、私個人としては、水道水が美味しくないからだ。よほどの田舎でない限り、水道水のカルキ臭がどうしても気になる。水道に塩素添加が不可欠なことは理解しているので、それ自体は問題ではないが、水を嗜好品として見たときに、味わいが気になるのは当然だろう。

大腸菌すら問題なければ、冷たい山の湧き水をマグカップで注いでゴクゴク飲むのは、最高の贅沢だ。東京都内にも湧き水があるが、場所によっては衛生面から煮沸が必要だ。

水の清らかな山の幸は何と言っても川魚だ。代表格は鮎とウナギだろう。日本で一番有名なのは鵜飼で有名な岐阜県だと思うが、ここ球磨川も清流で有名である。綺麗なのに水量があるためにラフティングも盛んである。妻とチャレンジしたのは四年前だ。

ついでに言うと、ウッチャンナンチャンの内村氏はここ人吉の出身である。五年前、知人のアキラが実家まで連れて行ってくれた。

人吉で鰻を食べる

ここ人吉も、うなぎと鮎が有名である。市街地に鰻が食べれる店が数多くあるのだが、中でも有名なのは上村、その隣の白石の二店舗である。タレがやや甘口の上村に、やや辛口の白石。これは醤油の違いである。鹿児島を中心とする九州南部では甘い醤油が主流なのだが、白石の店主は北九州の出身なので、辛口の醤油を使うためだと、以前、地元民が説明してくれた。私はいずれの店も食べに訪れたが、双方ともに甲乙つけがたい。どちらも好きだ。

Facebookによれば、四年前の今日、私は上村でウナギを食べていたとのことだ。ならば、今日も食べに行くからウナギ記念日。と、店に着いてみれば、まさかの緊急事態。

え?臨時休業?
なして?

一緒にウナギを食べに来た、人吉市民のヨシトが言う。

「おかしいなあ。結構、店員も多いから、急な臨時休業とかできないはずなんだけどなあ。前から休みって決まってたんでしょうね。」

行列でにぎわう上村うなぎ店(平成27年)

きっと研修か代休か、はたまたシーズンオフで店のメンテでもしてるのだろうか。いずれにしろ、営業していないのだから、白石で食べるしかない。いつもは上村の店の前に行列ができているのだが、今日は白石の前にできていた。

仕方がない。隣の白石も嫌いではない。店の裏側にある駐車場に車を停め、裏口から店に入ることにする。店に近づくと鰻の食欲を刺激する香りが漂ってきた。うう。たまらない。

不意に電話が鳴った。岡山に住む知人からだ。

「あのねー、今、高速で鹿児島に向かってるんだよねー。納品日が終わったら、今晩は佐賀に泊まるから一緒に飲まない?」

え?私のスケジュールがバレてる?
なして?

まあいい、知人とは佐賀で会えたら飲もうと約束し、店のドアを開けた。

しらいしうなぎ店

昼前に満席、隣が休みのためでもあるが、人気店だ。平日でこれなのだから休日は推して知るべし。

さて、何を食べようか。この店では、うな重はメニューにある写真のように、ご飯と蒲焼が別々に出てくるスタイルである。うな丼は、どんぶりではなく、お重に入って出てくる。いわゆるうな重なのである。間違えると、がっかりすることになるので注意が必要だ。

せっかく人吉に来たのだ。久しぶりに味わうしらいしの鰻である。ならば「あんこ」を食べるしかないだろう。それでも三五七〇円。沖縄で六千五百円も出して食べた鰻よりも、安くてはるかにうまいはずである。いや、美味いことは間違いない。

「あんこって、鰻が二層になってるやつですよ。」

ヨシトが解説する。上村では何度か「あんこ」を食べたが、しらいしでは初めてだ。楽しみが倍増すると言うものだ。

鰻はすぐには出てこない。注文が入ってから割き、焼くのだから、時間がかかる。その間に用を足しておこう。トイレは綺麗だが、温水洗浄便座ではなかった。残念。

うな重「あんこ」

待つこと15分。ついに私のうな重「あんこ」が運ばれてきた。お重と肝吸いにおしんこ、シンプルな組み合わせである。小鉢などの余計なものはついてない。まさに、シンプルイズベスト。直球勝負。ウナギはこうでなくてはならない。

うな重のふたを開ける。短めに切断された鰻が五切、ご飯の上に鎮座している。豪快に鰻がのっているわけではないが、これがしらいしのスタイルなのだろう。侮ることなかれ、このご飯の下にも鰻が眠っていることを忘れてはならぬ。

澄んだ肝吸いは見た目にも美しい。こちらもシンプルだ。

さあ、いただくとしよう。鰻とごはんを箸ですくい、口に運ぶ。鰻の香ばしさが鼻先をくすぐる。期待度はMAXだ。そのまま箸を口に投入。ふんわりで表面がかりかりとした蒲焼を噛みしめると、鰻の旨味が口中に広がる。皮は薄め、身は厚め、ふんわりカリカリで臭みなく、うまさしか感じない。 タレは甘いがしつこくない。

ああ、極上の幸せだ。

ご飯は一粒一粒が立っている。固めに炊かれた私好みの米粒が鰻のたれと脂をまとい、鰻と合わさって上質な旨味を醸し出すのだ。

あんことは、ご飯の下にも鰻がいるのだ。まさにうなぎミルフィーユ。ダブルうなぎライスバーガー状態のうな重を口に運ぶ。上の歯にも下の歯にも鰻があたるのに、しっかりと口の中にはご飯が存在している。こんなことが許されていいのだろうか。人吉で味わう、最高の贅沢と言っても過言ではない。

あんこを注文したときに、すべて食べきれるか一抹の不安があったが、せっかくの機会なので、ええい、ままよ!と半ばやけ気味に注文したことは否めない。しかし、五十路の私にも食べきれるほど、鰻が美味い。しつこくない。ごはんも美味い。そして、余分なものをそぎ落としたシンプルなメニュー構成が、完食を可能にしたのだ。

美味かった。

次回は上村にリベンジなのだ。

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