天婦羅 あみ熊
朝一番で沖縄を出てから東京の社宅に立ち寄り荷物を置いた。スマホで時刻を確認する。午前11時半だ。ランチタイムだ。本日の昼食を食べる店は決めていた。タワーマンションの前にポツンとたたずむ、年季の入った天ぷら屋。以前から気になっていた。これはチャンスだ。
ランチメニューを見る。天丼や天ぷら定食だけでなく、ランチメニューには刺身や煮魚もある。しかも980円と、このあたりにしてはリーズナブルだ。
メニュー
本日のサービス品は「江戸前 羽田産穴子丼」である。なんと刺激的な文言であろうか。先ほど眺めた、羽田の海で獲れた穴子を食わせると言うのである。東京産、しかも大田区で捕獲した穴子を喰らうと言うのである。見過ごすわけにはいかない。食べないわけがない。
店に入るとカウンター席に案内される。静かな店内だ。十一時半と言うこともあって、まだ客は少ない。BGMは静かな日本音楽。カウンターの中からシュー…パチパチと天ぷらを揚げる音がする。サウンドが食欲を刺激する。
お新香と味噌汁が先に運ばれてきた。しじみ汁である。音が鳴り止んだ。
来るぞ。
カウンターの正面を見つめる。左から足音が近づいてくる。来た、間違いない。お座敷席の客はすでに食事中だ。店内で食事を待っているのは私だけだ。ホール係の女性が左手から丼を差し出した。
圧倒的じゃないか?!
デカイ、デカイぞ!まるでジオングのようだ。そこまではでかくないか。いや、そんなことはない、江戸前の穴子がこの大きさだぞ!1300円は安くはない。ここは港区だとしても、千円オーバーのランチは安くない。とは言え、江戸前の穴子をこれだけ使って、元がとれるのだろうか。
色々と考えるのはやめて、本能に従おう。腹が減った。揚げたてアツアツの天ぷらにかぶりつく。衣がカリカリ。サク、ではない。ザクとは違うのだよ!ではなくて、カリ、なのだ。しっかりとした衣が、カリカリに揚がっている。衣がしっとりして、中がぐにゃぐにゃになった、立ち食い蕎麦の天ぷらとは違うのである。
ちと揚げすぎではないかと思わないでもないが、少し焦げた小麦粉の香りは嫌いではない。なるほど、しっかりと衣をつけた分、衣の中がぐにゃぐにゃにならないように、じっくりと揚げているのだろうか。
もちろん、中の穴子はホワホワである。臭みなど微塵もない。底生魚はやもすると、泥臭さが鼻についたりするのだが、それだか新鮮なのだろうか。タレの量は多すぎず少なすぎず、素材の味わいを邪魔することなく、辛過ぎず、甘からず、黒子役に徹している。日本ガイシのようだ。
「美味いでしょ?」
不意に後ろから声がきこえたをいつの間にか背後を取られたのかと焦って振り返ると、店主がお座敷の客に話しかけていた。常連さんの高齢夫婦だった。店主が続ける。
「朝、捌いたばかりだからね。羽田産だよ、江戸前だよ。」
なるほど、新鮮なわけだ、美味いわけだ。先ほどモノレールからか見えた羽田の海は、なかなか豊かなのだな。DASH海岸があるくらいだからな。やるな、東京湾。
ご飯も美味い
ご飯も粒が立っていて、硬めに炊いてある。うまい。コメの量は多くない。ただ、天ぷらがでかすぎるのだ。一品ものの天丼は味が単調になりがちであるが、付け合わせのおしんこが、口の中をさっぱりとさせ、味覚をリセットしてくれる。問題なのは、私にはもの足りなすぎることだ。ハズキルーペの小泉進次郎のように叫びたい。
「天丼の野菜が少な過ぎる!」
漬物増量を激しく主張したいところなのだ。
しじみの味噌汁も薄口で香りよく、苦味も臭みもない。下ごしらえがしっかりとしてあるのだろう。
ごちそうさま
完食。これで1300円は安いだろう。個人的には、もう少し軽めの衣で揚げた方が、サクッとグフっと、違う、衣はサクッと、中は一層フワッとなるのではないかと思う。お勘定を済ませる。
「今日はサービスですから。」
そうだろう。普段は1700円で提供されている穴子丼だ。しかも、羽田産を扱うのは滅多にあることではないのだろう。東京都23区でまさかの地産地消。東京の底力は計り知れないのだと、改めて思い知ったのだった。
数年前に五十路となったバツイチ男性。昨日は沖縄、今日は北海道、明日は四国…出張三昧の日々、三年間で制覇した店は千店舗を超えた。日本全国及び海外での食事を記録したブログである。五十路とは本来「五十歳」を意味するが、現代社会では「50代」と誤った認識が定着している。それにあやかりブログのタイトルを名付けた。(詳しく読む…)