初カツオ刺身

東京都港区 浜松町駅 割烹 名月 かつを定食

芝 明月(めいげつ)

以前から気になる店があったのだが、開いているのを見たことがなかった。たまたま第一京浜の横断歩道で信号待ちをしているときに、中華屋の隣の店が開いているのに気づいた。

潰れてないんだ。

店構えはそつなくきれいに手入れされていたから、店を畳んだようには見えなかったが、とにかく見かけるたびに閉まっていた。その回数10回はくだらない。昼夜問わず、看板は消えていた。もしも空いていればぜひとも訪れたいと思っていたのだ。

その店が、今、開いている。これは行かねばならぬ。横断歩道を渡るのをやめて、中華料理店の前を横切る。わざわざこちらに向かってきたのだから、間違いなく弁当を買いに来たのだろうと、満面の笑顔で私を見る中国人の前を、私は無表情で通り過ぎた。みるみる彼の顔が失望に変わっていく。笑顔が消えていく。いや、わざと気を持たせるような真似をしたわけでは無い。タイミングが悪かっただけだよ。悪く思うなと心の中で呟きながら、店の前で立ち止まった。

これが店名か。シンプルで自己主張がない、シンプルな店構えは私好みなのである。看板にフグの絵があるということは、てっさやてっちりも食べられるということだろうか。いずれにしても、ランチに食べるものでは無い。

メニュー

さて、何を食べようか。メニューは掲げられている。

  • かつを定食
  • かます塩焼
  • かれい塩焼
  • あなご唐揚
  • さば唐揚
  • 豚肉しょうが焼き

六択である。うち五品が魚である。ふーむ、どうしたものか。「かつを」か「しょうが焼き」。ここまでは簡単に絞り込める。かます塩焼きも興味をそそられるが、初来店だ。それは次の機会にすれば良い。

肉か魚か、それが問題だ。

ふと私の脳裏に浮かんだのは黒い皿に盛られた明るい赤身のカツオの刺身。そうか、今の私の身体は生魚スライスを欲しているのか。ならば迷いはない。カツオの刺身をチョイスするのだ。

店に入る。客はいない。店内にはL字型のカウンター席とお座敷席。私は入口側のカウンター席に案内された。初老の大将と女将さんとで経営しているようだ。典型的な小規模事業者だ。事業承継もなく、おそらく数年で店仕舞いするのであろう。こうやって惜しい店が消滅していくのだな、などと考えをめぐらしつつカツオの刺身をオーダーする。

静かだ。調理の音だけが店内に響く。まさに心地よい、和の空間である。独り占めしている私は、なんて贅沢なのだろうかと堪能している静寂は不意に破られた。一人客が入ってきて、奥側のカウンター席に座った。すぐにまた一人。店に入った時には客がいなかったのだが、立て続けに一人客が三人入ってきた。現在時刻は13時06分、つまり北京か、台北ならランチタイムであるが、ここは日本である。お昼の客の入りが遅い店なのだろうか。

まあいい、いずれにしろ私のカツオが最初に出てくるはずだ。心静かにランチを待とうではないか。腹が減った。

かつを定食

予想通りに、私のランチが最初に運ばれてきた。小皿に醤油を入れ、たっぷりの生姜を投入。キラキラと輝く、透明感あふれるミョウガとカツオを一緒にはしでとり、醤油につける。口に運ぶ。うーん、爽やかな。清涼感あふれる初カツオ。この時期は刺身が旨い。脂のノリが程よく、身は臭みなく、カツオの香りが口いっぱいに広がる。「カツオ」ではない、「かつを」なのだ。札幌ブラックラーメンの「いそのかつを」と何らかの関係性があるのだらふか。

味噌汁は色が濃いが、見た目ほどしょっぱくない。カツオが匂い立つ上品な味わいだ。

小鉢、漬物、納豆とサイドメニューが豊富なのが嬉しい。生野菜にサラダもいいのだが、なんだか情緒がない。和食なら一手間かけて、ワジサビを感じられる一品を食べたいものだ。そう、これが正しい定食のあり方なのである。

しいたけときゅうりと玉ねぎは甘酢和えだ。甘すぎず、程よく酸味が効いている。箸休めにちょうどいい。一口納豆に醤油をたらし、よく混ぜてからご飯にのせる。これでカツオ納豆の出来上がりである。マグロとはまた一味ちがう。

ご飯も美味い。炊き方が素晴らしい。

白菜の漬物も薄味でしっかりと漬いている。ご飯のお供だ。隣の女性が食べる焼き魚も、盛り方が美しい。居酒屋の定食とは見た目からして違う。

静かな琴の音楽が流れる店内は、とても落ち着く。奥の厨房から聞こえてくる鍋を振るサウンドも、次への期待を膨らませてくれる。今晩が焼肉でなければ生姜焼きをセレクトしていただろう。

いや、次回はぜひとも生姜焼きを食べねばならないのだ。

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