豚キムチスンドゥブ

VB canteen Deli Kitchen 豚キムチスンドゥブセット

久々の五反田

五反田と聞いて誰もがすぐに思い浮かべるのは、最近では脳漿炸裂ガールであろう。バブルの頃は五反田にいいイメージがなかった。ラブホテル、風俗街、焼肉屋。品川駅は港区に位置するが、五反田はれっきとした品川区である。

最初のネットバブルに沸いた21世紀直前あたりは、御殿山のソニー本社に仕事で行く機会が多かったので、五反田駅を使う機会も少なくなかった。その後、ソニー本社は品川駅の港南口に移転し、御殿山はタワーマンションだらけになった。価格もファミリータイプで一億円前後、那覇の倍近くする。

中国の関連会社のスタッフが何を考えたのビルゲイツにメールを送り、相手も何を考えてるのか、社長室長から返信が来てビビった私は、当時ソニーのカンパニープレジデント(当時、ソニーは社内カンパニー制だった。プレジデントはカンパニーのトップ)だった安藤さんに相談したのも御殿山のソニー本社だった。

21歳のとき、大学を休学してブラック企業でバイトを始めた時も、東小金井から中央線、山手線と五反田にたどり着き、都営浅草線に乗り換えて泉岳寺に通勤していた。

懐かしい。

五反田は私の青春の1ページでもあるのだ。ただし、東口である。やたらと猥雑な西口には縁がない。

そんな五反田で開催される会議に参加することになった。会場は東京卸売センターことTOCである。ここも訪れるのは数十年ぶりな気がする。五反田駅からはシャトルバスが出ているのだが、時間もあることだし、ランチの店を探しがてら、せっかくなのでのんびりと歩いて向かうことにした。

しかし暑い。五月だというのに、なんなんだ、この暑さは。歩き出して数分で後悔したものの、後には引けぬ。吐いた唾は飲み込めぬ。矢は放たれたのだ。お昼時なので、暑さでゾンビのようになったサラリーマンがランチを求めてフラフラとさまよい歩いている。人が多い店は嫌だ。どこかに私の求める店はないのか。

一軒の蕎麦屋を見つけた。

激しく惹かれるのだが、なんとなくスルー。私が求めているものではなかったらしい。そうこうするうちにTOCビフについてしまった。かくなる上はビル内を捜索してランチを探すしかない。だが、どの店も混んでいる上に、食指が動かない。

何を食えばいいのだろうか。

VB canteen Deli Kitchen 五反田TOC店

自問自答しながら歩く私の前に現れたのはスンドゥブチゲの立て看板。

これだ。

オシャンティーな内装の店、カウンターはカフェの雰囲気、明らかに若い女性をターゲットにした店である。

そんなの関係ね〜!

メニュー

暑さを辛さで吹っ飛ばす、そんな気持ちだったのだろうか。ふらふらとカウンターに近づくと、背面上部に掲げられた、女子手書き風のメニューを見た。

オススメは海鮮石焼き、チーズ石焼き、ピリ辛ビビン麺、サラダ冷麺。ミニビビン丼とセットにし、サイドメニューにスープとサラダを選ぶこともできるのか。

その他にはプサンアジメクッパ、なにこれ?日本語に訳すと「釜山母さんスープ飯」。釜山はソウルとは料理が異なり、豚骨スープで煮た豚肉入りのクッパが名物なのだとか。プサンアジメクッパは地元のチェーン店が提供するメニューのようだ。

ま、パクリなのだろう。

味噌漬けサムギョプサル、豚バラスライス焼きのことだな。チーズタッカルビ、鳥肉のチーズ焼きだな。豚キムチスンドゥブセット、豚キムチと豆腐のチゲ鍋のことか。

うん。

鍋にしよう。豚キムチスンドゥブセットを食べるのだ。カウンターで注文を済ますと、奥のテーブルで待つように言われる。

店名のVBはベジタブル、VB canteenを訳せば野菜食堂。deli はデリカテッセン、つまり惣菜屋である。「野菜にこだわる韓国料理、洋風ビビンバ」がテーマの店らしい。

豚キムチスンドゥブセット

店内は予想通り若い女性の一人客ばかりだ。完全に浮いている五十路のオヤジが一人。気にしません。店内に響くBGMは女性のK-POP。まあ、当然か。一番奥のテーブルに陣取り、我がチゲ鍋ができあがるのを待つだけなのだ。

ふと、目の前にセルフサービスのコーナーがあるのに気づいた。水かと思いきや、とうもろこしのお茶である。白菜キムチにカクトゥギ、韓国海苔が食べ放題である。まさにソウルスタイルではないか。いや、かの国であれば店員が丁寧にテーブルまでキムチを配ってくれる。店内客のキムチが切れていないか、目を光らせている女子が必ずいる。

ああ、味噌漬けサムギョプサルにすればよかったか。なぜが後ろ髪を引かれた。いや、すでにスンドゥブチゲにしたではないか。楽しみが増えたと思えばいい。またの機会に食べればいいだけなのだと自分に言い聞かせる。

セルフコーナーから少量のキムチを黒い皿に取り、自席に持ち帰る。ノリは別にいいや。

ついに豚キムチスンドゥブセットが運ばれてきた。雑穀ごはんにあつあつの石焼に入れられた、真っ赤に煮えたぎる豚キムチスンドゥブチゲは、まさに活火山のマグマの様相である。いや、別府の地獄谷と言うべきだろうか。付け合わせは二種類のナムル。韓国料理でキムチだナムルだと人は言うが、意味は「漬物」「野菜」である。韓国のスーパーの生鮮食品売場では、野菜コーナーに「ナムル」とハングルで書かれていた。スンドゥブは「純豆腐」、沖縄で言えばゆし豆腐、内地で言えばおぼろ豆腐に相当する。

見るからに熱々なので、火傷をしないように温度に留意しながら、まずはスッカラ(韓国語でスプーン)を使ってスープを飲む。ほお、意外にも辛さはちょうどいいくらいだ。激辛ではない。むやみに辛ければいいというものではない。旨辛くなければ、韓国料理ではないのだ。辛さだけを求めるならば、デスソースでも舐めていればいいだけの話た。

鍋の具は、青ネギ、白菜、玉ねぎ、えのき、豆腐、豚バラ肉スライス、半熟玉子、あさりである。なかなかの具沢山だ。具材の甘味、スープの旨味、唐辛子の辛味が複雑に混じり合ったコクのあるリッチな味わい。和食にはない刺激的なテイスト。スプーンが止まらない、食べる手が休まらない。

おかずを静かに受け止めるのが炭水化物である。ご飯がおかずを受け止め、口の中から消えていく。おかず、ごはん、飲み込むというルーティンが反復される。そう、これはまさに電気と同じである。おかずはマイナス極、刺激と味わいという自由電子を発し、プラス極である炭水化物に引き付けられる。マイナスからプラスへの自由電子の移動が電気の正体。人間は発電ではなく発汗する。首筋や額から汗が吹き出てくる。流れ落ちて目に入ってくる。

だが、人間は機械ではない。連続する化学反応とは異なり、単純なループでは飽きてしまうのだ。コッテリとコクのあるおかず、しっかりと受け止める糖質、間を取り持つのはあっさりとしたナムル。いわゆる箸休めが味に変化を与え、バリエーションを広げてくれるのだ。単純なコースに起伏を与えてくれるのだ。ここがおしゃれカフェで若い女子ばかりだとか、忘れてしまった。チゲとナムルとライスをしっかりと堪能できれば、雑念など追い払えるというものだ。

ごちそうさま。

次回はプサンアジメクッパかディアボロチキンビビンバに挑戦したいと思いながら、店を後にした。さあ、会議だ。

(Visited 21 times, 1 visits today)